映画の「事実に基づく物語」という表現に違和感(Fukushima50)

「Fukushima50」という映画を観て、当該映画の冒頭に字幕で流れた「事実に基づく物語」という表現に違和感を感じたので記事にしたと思います。

この映画は2020年公開の日本映画で、主に東日本大震災時の福島原発事故における現場職員の様子が描かれています。その中で内閣総理大臣が現場の邪魔をしたような描写が描かれています。事実の部分もあると思いますが、フィクションも含まれていると感じました。

しかし、映画の冒頭に「事実に基づく物語」という表現だけを表記すると、全てが事実であると誤解する人が生じてしまうと思います。現に、当該映画の評価コメントには、全てが事実であることを前提としたものが多数見受けられました。

政治的内容を含む映画においては特に、フィクションを含むことを明示した方がいいと思います。

これに対し、2018年に公開された韓国映画「国家が破産する日」では、冒頭に「本作品は史実に基づきますが、フィクションとして再構成されています。」との字幕(日本語訳)が流れていました。当該字幕が自主的なのか、何らかの規制によるものなのかは定かではないですが、国民に正しい理解を与える上で、良い表現だなと感じました。(私はハングル語が読めないので正確なニュアンスは分かりませんが。)

また、2019年に公開された日本映画「アルキメデスの大戦」における「史実に着想を得たフィクション」という字幕も好感が持てました。

このような字幕表現がある中で、政治的内容を含む「Fukushima50」においてフィクションを含むことが明示されていないのは、悪意を感じざるを得ませんでした。